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ENTROPYX説

2005/04/07

欲立体(ヨク-リッタイ)

過去数週間、私は「欲の位置」をプロットしていた。勿論そればかりしてる訳にもいかないので、全く大雑把に、全く片手間に、全く脳内で、である…要するに私のエントリーは、全て科学的な根拠が一切無しで行われている。改めて御注意いただきたい。

そもそも何故「欲の位置」か。


それは、もともと欲が無いと言われている私が、最近の「人間様の欲の姿、欲の佇まい」を理解し難かった為だ。また一方で、日本語の「欲という言葉の使われ方」に疑問が生じた為でもあり、ここらで一丁整理してみるか…という成り行きである。本来、伺い知れなかった「欲」という事を勝手に整理しようとは、これほど強欲な事があるのだろうか…生気論である、活力論である、バイタリズムである。

まず、最近の人間様の「欲」が解らない…が、徐々に感じてきたのは、バイタル(生気)が高過ぎても低過ぎても「欲の方向」が見えないという事だ。極端に書けば、ハイになってイッちゃってる人は何を言ってるのか定かでないし、寝てる人は何一つ(0ではないが)主張しない…つまりは、周囲の理解する範囲を越えて「欲」が蒸発してるように見えてしまう。また「欲の方向」が多くても、不明確な立場になる…次々と素早く方向性が切り替わる事で、周囲に対するアピアランスに欠けるといった所か。

次に日本語の「欲」…例えば「欲が出る」「欲の皮が突っ張る」「欲に転ぶ」「欲に目が眩む」「欲が深い」「欲が消える」「欲が無い」と、お馴染みの使われ方を並べてみたが、対義的な文節として成り立ちそうなものは「欲が無い⇔欲が有る」ぐらいではなかろうか。他の「欲が出る⇔欲が入る?≒欲が消える??」「欲が深い⇔欲が浅い???」等々と各自比較していただきたいが、言語機能としての合理性が破綻しており、古来「欲」に関する日本語の定量化を怠ってきたのかもしれない…とする考え方は、翻って「欲の位置」を日本語で明確に表す為の第一歩とも思われるのである。

別の角度から引いて見てみよう。最近ある政治家に「〜は所詮マネーゲームに過ぎない」云々のコメントがあったが、そのコメントは批評性も提案性もない。贔屓目に見てさえ、論旨を支持する日本語の構造がボロボロであり、もしボロボロでなかったとすれば、「マネーゲーム」を散々しているが故によく(マネーゲームを)理解してる者の言葉になってしまう。畏れながら私には、彼の政治家が単に10秒ルールに囚われていた(しかも刻々と抜け出せない域へ達しようとしてしまっている)と思わざるを得ない。あくまで彼が日本語の現状を充分に自覚していたのなら、『…投資の動向や株価などは、人心と客観的数値評価の接点とも言えましょう…しかし、そこで表現されるのは、人心の全てでも数値評価の全てでも無いと考えております。すなわち…』などと含みを持たせるような事を何故言えなかったのか。それは人心に於ける「欲」の把握に彼自身も含めて失敗したからだ。

では、把握され得る「欲の構造」とはどんなものだろう。上にも書いたが、株価等のグラフチャートは一考の余地がある。それが若干専門的であるが故に、制限付きで、間接的で、限定的で、一人一人の「欲」が特定されていない。しかし、仮にもし直接人心とリンクされていたらどうだろう、と考える事は出来る。しかも株価等のグラフチャートは要素を限定してる分、時系列数値の空間的把握が容易であり、部分詳細を追うのにはイイ線をいってるのではなかろうか…残念ながら私は、なかなか投資関係の分野に参加出来ないでいるが、株価の意味を知り、単元の意味を知り、出来高の意味を知り、日本人が考案したとされるローソク足の意味を知り、チャートを「市場の欲」と見立てる事で、束の間の楽しみを得つつある。余談ではあるが、株価のデータを音楽のモチーフとして使う試みも既に行われていたらしい…生憎、株価を知るツールとしても、音楽作品としても公表された例を見つけられなかったものの。

そして延々と時間を消費しながら、私は自分自身も含め友人知人古今東西あらゆる人の「欲の位置」を、推測憶測想定出来得る限りにおいてプロットしつつ、妙に馴染みのある形が思い浮かんだ…どうもこれらのマンセル色立体(Googleイメージ検索)と殆ど同じイメージが、私の頭の中から離れなくなってしまったようなのだ。

御存知ない方の為に書き添えると、通常マンセル色立体は「上下方向=色の明暗(明度)」「水平断面の極座標=色味(色相)」「水平断面の放射方向=色の鮮やかさ(彩度)」を表す。形が単純な円筒形でなくイビツなのは、人間にとっての分解能(≒彩度)が明暗や色味によって異なるからだとされている。

まだまだ試論の段階ではあるものの、この三つの要素「明度・色相・彩度」が「欲の位置」を示すのに使えないだろうか、という訳である…例えば「明度→バイタル(生気)→欲明度」「色相→欲の種類→欲色相」「彩度→欲の強さや純度→欲彩度」などと当て嵌めてみる。すると驚いた事に、プロットする上で随分上手く整理されてしまいそうなのだ。さらに「欲明度・欲色相・欲彩度」の基準を一旦決めてしまえば(決められるとしたら)、「欲」を正確に数値で表現できるのに留まらず、従来の曖昧さを残したまま、より機能的な日本語への道も開けてくるのではなかろうか。

仮に例文を作ってみるが、次のような表現が可能になるであろう…

『あなたの欲は、およそ5R 4 / 14 の位置にあります』『ちょっとブルー欲が深すぎるんじゃない?』『待てよ、全体的な欲明度を下げて落ち着いてみるか』『それは欲味が多過ぎて濁りきっているなぁ。もっと鮮やかに!』

…このように「欲」を立体的に想定する事で、「数値的な欲の位置」も「日本語の曖昧な欲や機能的な欲」も、連続した関係を損なわずに、場合に応じて使い分けられる可能性があるのを私は示せたようだ…いや、示せたろうか?…まるで自信が無い。

確かにテクニカルな問題点はまだまだ残っている。特に、時系列データを扱う状況で「今、現時点における欲の範囲の設定」次第では、モデルが異なってくる。つまりその「範囲設定」が既に3次元なら時間の方向を加えて4次元になるし、1次元〜2次元に抑えられるのであれば、生涯の「欲履歴」を3次元モデルの中に詰め込む事も可能であるはずだ…まぁ、時間内に語り得るには、あまり欲張らないルールを作るに越した事はないのだが。


kskr

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